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2016年9月1日木曜日

早すぎたヒーロー 天使の顔をしたトラブルメーカー バイヤード・ラスティン

公民権運動の3大美男子の一人、バイヤード・ラスティン。人を引きつけてやまない魅力と揺るぎない信念、差別と不正を許せない熱烈な平和・反戦運動家にして公民権活動家。だが、ラスティンは影を負っていた。アウトサイダーの道を選んだのは、オープンなゲイで元コミュニストという存在が、当時の運動にとって抜き差しならぬリスクを意味したからだ。早すぎたヒーロー、キング牧師にガンジーの非暴力の闘いを伝授し、公民権運動に絶大な寄与をした「天使の顔をしたトラブルメーカー」バイヤード・ラスティンとは?(大竹秀子)

ワシントン大行進。「私には夢がある」の演説を行うマーティン・ルーサー・キング・ジュニアのすぐ背後にラスティンの姿が。


2016年1月15日金曜日

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア:ノーベル賞受賞直前の演説:運動の力 死をも覚悟する非暴力 マンデラへの連帯を語る

115日はマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの誕生日。1964年、ノーベル平和賞受賞直前、ロンドンで行った講演(Democracy Now!2015119日の番組から)を訳してみました。(by 大竹秀子)


このとき、キングは35歳。1955年に26歳の若さでモンゴメリーのバスボイコット運動の中心的指導者となり全米に名を知られるようになってからづすでに10年近くがたっていました。演説でキングは、「運動は本当に成果があるのか」という人々の胸をよぎる痛切な問いに答えます。ヤワと思われがちの「非暴力」ですが、万一、命を落とすはめになっても命をかけるだけのものをもてたことをかみしめようと覚悟を語っています。また、イエスが「汝の敵を愛せ」とはいったけれど、「敵を好きになれ」とはいわなかったのは、ありがたい。どうしたって好きになるのが無理な相手はいる。でもここでいう「愛」はそんじょそこらの愛とは違うんだともいっています。

ロンドンでの講演で外国人が相手だったためもあり、アメリカの黒人の歴史をかいつまんで説明してくれているのはありがたいし、当時、投獄の身だったネルソン・マンデラなどを指導者とする南アフリカの反アパルトヘイト運動に敬意を表し、不買運動・投資撤退運動を通しての国際的連帯を強く呼びかけているのも特徴です。また、平和と民主主義を求めるならば、移民たちを温かく迎え、同じ人間としてわけへだてなく扱え、社会の中に経済的・心理的に疎外された層を生み出すことは社会の安全を大きな危険にさらすと説いていることもいまに通じる慧眼です。

公民権運動で世界的に有名なキングですが、反戦・反貧困の闘士でもありました。1967年には反戦演説「ベトナムを越えて・沈黙を守るとき」をおこなって、ついていけないそれまでの支持者から総すかんを食い、この演説から3年もたたぬ19684月に暗殺されました。

世紀の演説上手だったキング。Democracy Now!の番組を通して、その演説を声でも聴けますし、番組の休憩時間に、”King of Love Is Dead”を歌うニーナ・シモンのクリップも使われていますので、合わせてお楽しみください。(動画と英語スクリプトはここから

2011年11月7日月曜日

スポンサー制度は問題! マーティン・ルーサー・キング師の記念碑とキング師を愛する ヒップホップ

ハリケーン・アイリーンの到来で延期されていたマーティン・ルーサー・キング師の記念碑の落成式が1016日に開催され、オバマ大統領や公民権運動の活動家が演説し、スティービー・ワンダーやアレサ・フランクリンがパフォーマンスを行ない祝賀ムードを盛り上げました。しかし、記念碑を問題視する人もいます。キング師が特に晩年に精魂かたむけた反戦や貧困との闘いの精神がワシントンでまったくいかされていない現在、記念碑はキング師の精神的遺産を葬り政治的に安全な偶像と化す欺瞞だとみるのです。ここでご紹介するのは、企業によるスポンサー制度を軸にキング師とヒップホップのブランド化を批判する「ブラックアジェンダ・ラジオ」のジャレッド・ボール(2001年8月31日に放送)の声です。(訳:大竹秀子)


 どんな運動にもシンボルとアイコンがある。だが、シンボルやアイコンは背景情報と内容から切り離されるとただのブランドになってしまう。 ブランドとは批判的思考を避けてできあいの欲望や想像に基づく記憶、都合の良い態度を見る者に引き起こすために使われるシンボルだ。 企業ヒップホップがキング師を歌うのは、首都ワシントンに建てられたキング師の記念碑への企業のスポンサーシップと同じで、キング師の革命的な意義を消し去り、変革的な内容を切り除き、キング師を我々のではなく彼らのイメージと目的に合わせてブランド化し直すのが目的だ。

2011年11月2日水曜日

コーネル・ウェスト:”キング師は草場の陰で泣いている”

2011年8月25日付ニューヨークタイムズ紙に掲載されたコーネル・ウェストの「キング師は草場の陰で泣いている」(Dr. King Weeps From His Grave”)を訳してみました。(大竹秀子)



マーティン・ルーサー・キング・ジュニア師の記念碑が日曜にナショナルモールで除幕された。ミシシッピー州でのエメット・ティル殺害からちょうど56年目、仕事と自由を求めた歴史的なワシントン行進から48年目にあたった。原注:ハリケーン・アイリーン襲来のため、記念祝典は延期された。
いずれもアメリカの人種と民主主義の怒濤の歴史の記念碑的出来事であり、2008年のバラク・オバマの大統領選出を頂点とした公民権運動の紛れもない成功が、私たちの関心と高揚感をかきたてるのは当然だ。とはいえ私たちは、「アメリカの未来はすべてキング師の衝撃と影響にかかっている」というラバイ・エイブラハム・ジョシュア・ヘッセルの予言的な言葉から逃れられずにいる。
ラバイ・ヘッセルがこの言葉を口にしたのは、キング師の晩年で、白人の72パーセント、黒人の55パーセントがベトナム反戦と米国での貧困の根絶に向けたキング師の取り組みに反対していた時だった。民主的なアメリカを求めるキング師の夢は、彼自身が言ったように、「根強くはびこるレイシズム、貧困、軍国主義、物質主義」により「悪夢」と化していた。キング師はアメリカを「病んだ社会」と呼んだ。1968年、暗殺されなかったら、次の日曜には「アメリカはなぜ、地獄に落ちかねないか」という説教をする予定だった。

2011年10月17日月曜日

コーネル・ウェスト 最高裁で逮捕

2011年10月16日付けThe Rootの記事の’翻訳です。原文リンク(ここから)でビデオも見られます。(翻訳:大竹秀子)



ワシントンで開かれたマーティン・ルーサー・キング牧師の記念碑完成式典に出席したプリンストン大学教授のコーネル・ウェスト氏は、暗殺された公民権運動の指導者に触発され、大義のために刑務所入りも恐れなかったキング師の行動をなぞりました。ウェスト氏は企業の政府への影響に反対して最高裁前の階段でデモを行っている最中に逮捕されました。